学習のポイントと感想

名古屋シルバーバーチ読書会


学習のポイントと感想 

参加者のスピーチ


2006年から始めた名古屋シルバーバーチ読書会も今回で最終回となりました。はじめの頃は、参加者も一人とか二人ということも何度もありました。2009年ごろから参加者も少しずつ増え、読書会らしくなっていきました。当時はまだ、全体像の講義も確立しておらず、『シルバーバーチは語る』の輪読と朗読テープ、真理編のビデオ(VHS)などを使っての学習が中心でした。小さな部屋で膝を突き合わせるようにして学んだことが、昨日のことのようです。

スピリチュアリズム普及会で、スピリチュアリズムの思想体系化が進み、読書会でもスピリチュアリズム思想についての講義ができるようになっていきました。参加者の皆さんに、霊的真理をもっともっと知ってほしい、霊界からの働きかけを知ってほしい、霊の世界の事実を知ってほしいという気持ちで向き合ってきました。18年の間には、参加者も何度も入れ替わりがありました。日本のスピリチュアリズム(普及会)がレベルアップすれば、読書会もおのずとレベルを上げていくことになります。そのたびに、参加者の中にもついてこられない人が出てきました。そうした中でも、何とかしがみついて今日まで頑張ってきたのが、今の名古屋読書会のメンバーです。

今は、シルバーバーチの本だけでなく、霊的真理を体系化した思想体系が整い、本やビデオ、ホームページなど、個人で学び実践していくための教材やガイドになるものがそろっています。そしてイエスが再臨され、『シルバーバーチの霊訓』の持つ本当の意味、その価値が明らかにされ、今後の進むべき方向が明確に示されました。

シルバーバーチ読書会に導かれ、そこで学ぶことができることの意味と恩恵を、参加された皆さん一人一人がしっかりと心に刻んで、これから先の霊的人生を歩んでいってもらいたいと思います。これから学びの場は変わりますが、イエスの主導する大宗教革命の進む中で、霊界の道具となって働くことができるようさらに成長していってもらいたいと願っています。



参加者のスピーチ

名古屋読書会に通い始めて、今年で丸13年になります。ようやく、信仰について分かるようになってきました。私は、初めから世界平和や、人々の幸せを願っていた訳ではありませんでした。それよりも、己の苦しみから解放されて楽になりたいという気持ちの方が、強くありました。
そうした利己性ゆえに、真理の学びも実践も中途半端で、長い間スピリチュアリズムが示す救いの道を歩めずにいました。物足りなさを感じながらも、真理に出会ったときの衝撃と感動から、道を引き返すこともできませんでした。
ですが、迷いの果てに、自分を捨て大義のために生き始めたときから、さまざまな苦悩がやわらいでいきました。高く険しい壁を利他愛を用いて乗り越えるたびに、自分が神の子であるとの確信が高まり、安らぎを覚えるようになりました。周りの方々と愛で繋がれるようになり、心が満たされるようになりました。自分ばかり見ていたときには、欠乏感とイラ立ちに支配され、真理の価値がまったく理解できなかったのです。

長い長い遠回りの中で、「摂理にそって生き、霊的成長を成すことこそが、人間にとっての最高の幸せである」ということを痛いほど学びました。「人間を真に救えるのはスピリチュアリズムしかない」という思いを、確かなものにすることができました。そして今、救いの光を全身に浴びながら、私たちのために立ち上がってくださったイエスと共に、人類救済の道を歩めることに心からの喜びを感じています。
名古屋読書会の終了にともなって、私たちは一旦バラバラになります。ですが、必ず大阪で再開し、地上の神の兵士として、手を携えて戦う日が来ることを切に願っています。
今もなお磔にされたままのイエスを苦しみから解放し、すべての神の子を親なる神のもとへと導くために共に働ける日を、心待ちにしています。(40代女性)

私が名古屋読書会に参加するようになって約5年半になります。
私にとって読書会での5年半はあっという間であり、最高の学びと喜びの時でした。
私は、シルバーバーチの霊訓に出会って20年になります。
シルバーバーチの霊訓に出会った時は、これまで自分が思い悩んでいた生きる意味や死後の世界を知ることができ救われた気持ちになりました。その時は、本当に心が開け、これからの未来が明るくなるような感動を覚えています。
しかし、自分の霊性が乏しかったために、シルバーバーチの霊訓が、最高の真理であると気づかず、他の霊界通信をもとめ、中途半端な理解、実践にとどまってしまっていました。
病気をきっかけに自分の間違いに気づき、シルバーバーチの霊訓と普及会のホームページを再度学びなおしたことで、名古屋に読書会があることを知り、現在に至ります。

読書会でのご指導のおかげで、今はイエス様の弟子となることができ、読書会を主催させていただくことができました。そして、それだけでなく、多くの志を同じくする素晴らしい同志達と出会うことができました。本当に幸せです。最高の人生を歩ませていただいています。ここまで導いてくださった神とイエスを始めとする霊界の皆様に感謝いたします。
読書会に来る前の私は、真理を学びたい、いつか真理の伝道をして人の役に立ちたいと願い、中途半端でも諦めず続けてきた結果、今があります。
守護霊や背後霊の人たちは今も皆さんを援助し 励ましてくださっています 。そして、大霊団の指揮をとるイエスが 全人類を包み込む大きな愛で我々を愛し、導いてくださっています。いつか皆さんと共にイエスの道具として働けることを願っています。(40代男性)

私は、小さいころから自分がされて嫌なことを誰かにすることはできませんでした。
あることがきっかけで、お互いに自分がされて嬉しいことを人にすることで、皆が幸せになり、争いのない世界になると、人間の可能性を信じるようになりました。
しかし、現実にはどこに行っても争いがなくなることはありません。
高校時代でも、多くの人が自分さえ良ければいいと考えていました。私には、他の人の痛みを無視できる人間の心が信じられませんでした。自分だけが別世界にいるような衝撃を受け、多くの人の心に潜む身勝手さ、冷酷さに恐怖を感じていました。同時に、自分を振り返った私は、自分にも同じ自己中心性があることに気が付きました。受験などで自分を優先し、人を傷つけている自分を認識した瞬間、自分が内から崩壊しました。 私は罪悪感で一杯でした。誰かに見られているようで、周囲の人が気になって唾を飲むこともまともにできませんでした。自分の気持ちも分からなくなり、人が笑っていたら笑うように取り繕いました。学業にも集中できず、記憶などの能力も低下しました。ひねくれた私は、神などいない、どこにも救いはないと考え、人のために自分を犠牲にすることができなくなったのです。

そんな私は、2010年頃シルバーバーチに出会いました。初めは、遠いイギリスでのお話だと思いましたが、読んでいると沢山の言葉が、自分に語りかけてくるように感じたのです。
『悲しみの人を慰め、迷える人を導き、悩める人を救うためには、自らが地上において苦難の極み、悲哀のどん底を体験しなければなりません。』
『霊の道具として歩む道は厳しいものです。決して楽ではありません。容易に得らえた霊能では仕事に耐えきれないでしょう。魂の最奥・最高の可能性まで動員させられる、深刻な体験に耐えられるだけの霊性を試されて初めて許されることです。そうして身に着けたものこそ本物であり、それこそ霊の武器と言えます。』
このシルバーバーチの言葉によって、私の真っ暗な心にも光が差しました。

私は2017年2月から名古屋読書会、2022年6月からは大阪にも参加し、スピリチュアリズムを学び始めました。
そんな日々の中で大きな転機となったのは今年の9月です。再臨したイエス主催の公開ヒーリングを受けることができました。一人一人の霊に届くよう調合された治療エネルギーによって、神とイエスの深い愛を実感しました。そして、魂の傷を治療していただき、本来の自分を取り戻すことができたのです。
私は多くの人に、イエス主導のスピリット・ヒーリングを知っていただきたいと思っています。自分が救われたように多くの人が救われてほしい、神がイエスに託した聖なるエネルギーを体験し、神とイエスの深い愛を実感してほしいと願っています。
人類を救う道は霊的真理の普及しかありません。一人では難しくとも、背後では常に神とイエス、霊界の人が導いてくれます。霊的成長という永遠の宝を手にするために、死後、自分が後悔しないためにも、勇気をもって学びを実践して参りましょう。神を中心とする霊的家族として、ともに励ましあい、スピリチュアリズムの普及のために人生を捧げて参りましょう。(50代女性)

今年の学習の中で、一番心に残っているのは、再生観のところです。再生のメカニズムの複雑さに驚きました。神は、人類の成長を願い、最初の訓練所として、地上を造って下さいました。失敗したり道を外れても、カルマの清算という摂理があり、償い、やり直しが出来るように考えて下さいました。しかも何度でもどんなに大きな失敗をしてもやり直せるのです。また、霊界では、同じ霊的成長度の者が集まっている類魂という霊的家族があるということを知りました。その中の一人が地上に再生して成長すると、類魂全体が成長できることになっているということです。神は、人間に、はやく成長して欲しい、一人で成長するのではなく、仲間と一緒に成長して欲しいと願われているのを感じました。神が本当に、子供である私達人類の成長を願い、深い愛で愛して下さっていることを感じました。
更に、驚いたことは、今、自分が持っている意識というものは、自分だけのものではなく、類魂全体の大きな意識の一部だということです。スピリチュアリズムに出会い、神の存在を知り、人類の悲劇を無くしたいと思った、その思いは自分という一人の霊の思いでそう考えるようになったのではなく、類魂の中の皆の思いであり、類魂の皆の意識なのだとわかりました。人類の悲劇を無くしたい、地球が神を親とする霊的一大家族として生きる世界になって欲しいと、類魂の皆が思いを託して自分をこの地上に送り出したのだとわかりました。自分の背後には、類魂の仲間の思いが沢山詰まっている......そう思うと、これまでの自分は60年間何をしてきたのだろうと反省ばかりです。しかし、こうしてシルバーバーチの霊訓に出会い、霊的真理を知り、それがイエスの教えであることを知り、そのイエスが再臨されたことも知ることが出来ました。そして、その真理に沿って生きていこうと努力することが、真実の人間の生き方であることもわかりました。
これからの人生も、神を信じ神の摂理に沿って生きていくよう努力していこうと、改めて決意致しました。霊主肉従を心がけ利他愛の実践に努めていきます。
そして、人類の成長のために神が造って下さったこの地上が、類魂の霊的家族と同じ様に、神を親とする霊的一大家族となるようにと、願う思いを更に強く致しました。来年も学びを深め、実践の努力をして、イエスの下で、霊界の道具として働けるようになりたいと心から思っています。

名古屋読書会が終了ということで寂しいですが、読書会の場が変わって会う機会は減るかもしれませんが、離れていても類魂の仲間と同じように皆さんと心を一つにして一緒にイエスのもとで、頑張っていきたいと思っています。皆さん、これからもよろしくお願い致します。(50代女性)

2016年の11月か12月に電話で名古屋読書会の参加を申し込み、2017年2月に初めて参加しました。
それまで、新興宗教(生長の家)や、仏教(原始仏教)などに一時熱中し、信仰を深め、また勉強していましたが、教えの矛盾点が見つかると、いつも途中でその信仰を捨てていました。しかし、『シルバーバーチの霊訓』は最高の教えであり、一生をかけて、この先も勉強していくんだと最初から決心していました。
この名古屋読書会では、今日はどんな真理の勉強ができるのかなと、毎月ワクワクした気持ちで参加していました。毎回、読書会の後半の時間になってくると、身体が軽くなってきて、不思議でした。ここに集う高級霊、指導霊によって、私の魂が浄化されるため、体も楽になるんだと思っていました。事実そうだったと思います。

2021年4月、イエスの地上再臨によって、今までのように知識を集めるだけではいけない、これからは、イエスや高級霊からの働きかけにも注意深くならなければならないと思うようになりました。自分はただならぬところに身を置いているんだなと自覚するようになってきました。イエスを筆頭とする高級霊は地上のスピリチュアリストに今後どのような心構えと行動を要求しているのかと考えるようになってきました。
私はまだまだ、乗り越えなければならない課題が多いですが、霊的真理にしがみついて、今後も精進していきます。(60代男性)

私の名古屋読書会、初参加の自己紹介は失礼過ぎるものでした。
「私は主人の付き添いで来ました。」と言うものでした。自分は参加するつもりは無かったのですが、主人に勧められ、一緒に参加しましたが、あまり乗り気では無かったのです。その日の講義を聞き、帰りの電車で、自分の心が清々しさを感じたのを憶えています。
毎月、読書会へ来る事で、心のモヤモヤがリセットされ、よし、頑張ろうと思え、知らないうちに読書会が楽しみになっていました。この8年で私の意識も少しずつ真理の方向に向くことができるようになりました。読書会で学んだ事が徐々に理解出来るようになったからです。周りに意識の高い同志がいて、刺激を受けた事も転機になっていると思います。大阪へ行くようになり、自分の未熟さを痛感し、真理の学びも本腰を入れ頑張れるようになりました。
最初は月1回の名古屋通いが続くのか?と心配していましたが、8年経った今、大阪まで毎月通うようになっていて、昔の自分に「今は、名古屋だけでなく、大阪や四日市にも毎月行っているのだよ。」 と教えてあげたいくらいです。

インフォメーションを通し、イエスの言葉に触れるたび、イエスと高級霊たちの強い愛を垣間見、今、こうしてスピリチュアリズムに導かれた幸いに感謝の思いと共に、この教えを一人でも多くの人たちに伝えたいという思いが強くなりました。
イエスの再臨以降、私達の学びも急激にテンポが速くなったようで、最初は戸惑いもありましたが、今は、今まで知らなかった事が沢山出てきて、驚きと共に、今、この時にスピリチュアリズムに導かれた意義を知り、感謝と共に、イエスの兵士として、霊界の道具としての役割を果たせるようにとの決意を新たにしています。
毎月、読書会に参加するたびに今の自分を反省することばかりですが、同志と切磋琢磨し、成長していきたいと願っています。
まだまだ志半ばですが、いつの日か時期の来た人へ、この真理を手渡すのが、今まで、読書会という場で、私達を霊的に引き上げていただいたことへの恩返しとなると思っています。講義練習をする事で、救済・宗教の観点の全体像の流れが頭に入り、より深くシルバーバーチの言葉の理解が出来るようになりました。また、シルバーバーチと思想体系をセットで学ぶ事により、2つの相乗効果で、より真理の理解も深まって来ました。
神のシールが貼られた、この教えが、1日も早く、地上のバイブルとなることを願うと共に、私達が霊界の道具となって、この真理の普及に努めなくてはと思います。(50代女性)

今、自分の人生を振り返ると、苦しいことの連続で、いつの時も孤独を感じていたことが多かったと思います。クリスチャンだった時、深く親しくしてもらうこともなく、孤独感を埋めるかという感覚でしたが、ぬぐい切ることはできませんでした。そしてふとした時に、霊的無知ながらも、人生は魂の成熟・自己の実現なの?と思い、それが人生のテーマになっていきました。苦しいことの連続でしたが、逃げることなく引き受けてきて、本当によかったと思います。このころの守護霊様はどのような思いだったのかなと思います。
今、このようにスピリチュアリズムに出会い、読書会にうかがうことができるのは、決して偶然ではなく、霊界の導きと配慮があるのではないかと思っています。昨年はさらに飛躍する年にすると言ったと思いますが、自分の力のなさが露呈した1年でした。決心・決意・情熱があっても至らないことの連続で、決心・決意・情熱があってもよい働きができません。日常の生活の中に飲まれていくようになってしまいました。良き道具になる前の段階で躓いてしまっている状態で、よい働きができるわけがありません。前の段階で躓かないようにするには、日ごろの地道な努力と継続と原点に戻る、そして真理の積み上げが必要なのだと思います。今日できなくても、明日はできるかもしれません。できた時には、心が達成感でいっぱいになります。良き霊界の道具になるには、霊界の援助を受けて、高級霊の属性を身につけていくことだと思います。霊界の援助を受けるには、純粋な霊力の通路になることが必要不可欠です。自分独自の伝道は必ず失敗します。来年はイエス様と守護霊様の思いを継いでいき、徹底した信仰実践を心掛けてまいります。そして体調を整え、普及会の皆さまを見習っていき、真理の学習を積み上げていきたいと思います。(50代女性)

この1年、私はお祈りとスピリチュアリズムの本を読んできました。ナザレのイエスの生き方を引き継ぐために、利他愛の実践と霊主肉従の努力と苦しみの甘受を努力しています。こうして完全であるように努力するのは、大義なのです。なぜならナザレのイエスは真っ先に(神の)子供たちの霊的成長と幸せを願っているからです。それを2000年前に自分の生き方で証明してくれたことに感謝します。私もちゃんと引き継ぐことができて、本当に幸せです。高級霊の意識も見習うことが必要であることを認識しています。道具意識から生まれる謙虚さと、穏やかに過ごすことと、人の苦しみに深い憐れみを持てるように努力しています。こういう努力をするのは、高級霊の努力を無駄にしないためです。霊的真理を知ったスピリチュアリストにおいては、常に可能な限り高い目標に向けて努力すべきなのです。そうでなければ高級霊が苦労して地上に真理をもたらした意味がなくなってしまいます。霊界の人々の苦労を無駄にすることになってしまいます。真理を知ったのちの、たかだか30~50年に過ぎないわずかな人生は、一途にまっすぐに高い目標を目指して歩むのが一番良いのです。立派な道具になるために、この努力を継続したいと私は思います。(20代女性)

名古屋読書会が終了するということで、読書会のメモ等を整理してみたら、初めて名古屋読書会に参加したのが12年前でした。その前の約30年間は、仏教・神道・新興宗教・霊能者と言われる方々の儀式やセミナーを彷徨い歩き、お金も時間も多く使いましたが、納得いくものは一つもありませんでした。

そんな時、シルバーバーチの本に出会い、名古屋読書会に参加して目が覚める想いでした。読書会では、大変お世話になり感謝しています。また、シルバーバーチの本は、かなり昔の出来事なので、この先には、霊界から霊的真理普及のため追加の活動があると予測し、読書会に通いながらもインターネット等で新たな活動が起きていないかチェックを続けていました。そんな最中、普及会からイエス再臨が伝えられ、こんな身近で新たな活動が起きる  とは予測もつかず、未だに驚きで一杯です。しかし、これも大霊のお導きと思い、感謝に変えてゆきます。

今後は、新たな霊的真理の展開や宗教革命の活動が進められてゆくと考えますが、遅れをとらぬように、しっかり学び・実践を心掛けたいと考えます。
   また、自分の未熟さ・理解の浅さ等の気になる点は多くありますが、シルバーバーチは  「皆さん方には、精一杯やることだけが期待されているのです。」と言っています。  シルバーバーチの言葉を素直に受け入れ、霊的真理普及のために、できることしっかり  実践し、この先は高級霊に委ねる事にしたいと考えています。(60代男性)

この場に置かせていただいていますことに、深く深く感謝申し上げます。
名古屋シルバーバーチ読書会は、今日をもって終了となりました。シルバーバーチの霊訓の学びの場を長きにわたり主催し、教導くださった若山さん、そして谷口さんに改めて感謝申し上げます。初めての参加は、栄のナディアパーク8階のビデオルームの一室で、椅子を丸く並べた中での輪読会でした。その時の光景は今でもはっきりと覚えています。(『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』第10章、創造は無窮です) 
  その頃の私達は、長年歩んできた教会を離れてはいました。教義に疑問を持ち、不信を抱くようになり、悩み、苦しむ私を本屋さんに連れて行ってシルバーバーチの霊訓を渡してくれたのは主人でした。間もなくして、その読書会が名古屋で開催されていることを知りました。シルバーバーチの霊訓を通し教えられる真理の内容、その深さに驚き、衝撃をうけました。枯渇していた魂が潤されていくのを感じました。正しい生き方、正しい信仰の道を示してくれるスピリチュアルズムに導かれました。
時は長く経ちました。
未熟さ、乏しさは無論ですが、いかに傲慢な自分であるのかと気づかされました。思っている以上に、地上に生きる人間は自分という固い固い鎧をまとっているのだと。また、間違った宗教の教えの元での生活によって染み付いたものを洗い流すことは容易なことではないことも痛感しました。
今年特に感じたことは、講義練習によってもたらされた霊的恩恵です。特に今年の課題は、ビデオの内容をそのままやってみましょう!イエスの教えを正しく伝えるための教材として作られたビデオに沿う講義練習に一人ひとりが努めました。
不思議なことに、講義練習をした時の図、特に全体像の図が生活の中のあらゆる場面で映し出されて来、まるでミニ講義を受けているようでした。霊的真理の正しい理解と霊的真理にそわせる生活、信仰実践の大切さを再確認させられました。
今こうして辿って来た道を振り返る時、こんにちまでどれ程の導きと援助の中にあったのだろうかと、神の愛に、イエスの愛にただただ感謝するばかりです。
霊的真理を示し、親なる神を認識させ、人間がこの地上でどう生きればよいのか 理解を促したい!イエスの願いを受け、スピリチュアルズム普及のために、霊界の道具として役立つことが出来るように、高級霊の通路となれるよう、努力を重ねてまいります。
霊界の道具として役立たせてくださいとの思いで心が満ち溢れるように謙虚な姿勢で、一から霊的真理を学んでいきます。(60代女性)

シルバーバーチ読書会にでるようになって、霊的視点からものをみることができるようになりました。統一教会にいたころには、霊的視点に立って判断するということはできませんでした。文鮮明、統一教会にはいい思いは何一つありませんでしたが、霊的真理を学ぶうちに、どんなことでも(統一教会での嫌な体験・思いも)、自分がどのように判断して対処していくかによって霊的成長につながるのではないかと思うようになりました。
が、自分が思うようにならないと不平不満の思いがわいてきていました。最近になって、若いころから入信した統一教会での歩みがあったからこそ、霊的真理に出会えたのではないかと思うようになりました。これもイエスが地上に降ろしてくださった霊的真理のたまものだと思います。すべての出来事が霊的成長のためになることを思えば、苦難も耐え忍ぶものではなく、感謝に変わるものだと感じています。今後はどうなるかはわかりませんが、今を感謝して歩んでいけば、きっとイエスの期待に応えられる明るい道が開かれることを信じて歩んでいきたいと思っています。(60代男性)

私が読書会に参加させていただいて、満6年になります。読書会が終了ということも、これも試練と受け止めて、新たな環境において霊的成長を遂げるという新たな試練だと受け止めています。どんな環境においても霊的成長はできるわけですから、さらに一歩進めて、自分から新たな環境で創造する出発点ということになればもっといいことかなと思っています。
『シルバーバーチの霊訓』に出会って16年になります。自分一人で霊訓を読んでいても、その内容のすばらしさには感動しても、霊的成長を意識するということではありませんでした。6年前に仕事を辞めてから行き詰まりを感じて、一人で霊訓を読んでいるだけでなく、もっと深く霊訓を学びたいという意欲が出てきて読書会に参加しました。
参加するようになって、霊訓の真の教え、深い内容を講義を通して知り、自分の中にも深まっていきました。ただ、過去の自分を振り返って見て、十分な成長を遂げてきたかというと、残念ながらそうではありませんでした。日墓の生活に流されることが多く、未熟さを感じていました。
この世で自分が霊的成長するには、あと30年は必要だとふと思いました。今日インフォメーションNo.53を読んでいて、スピリチュアル・ヒーラーというのは自分にとって縁遠い存在と思っていたが、自分が成長していけば、自分がやるのではなく霊界の通路となれるような存在となれば、病気を治すということではなく癒しになるということなら役に立てるのかもしれないと思いました。(70代男性)

読書会が閉じられることを知った時は戸惑い、今の講義が受けられなくなること、皆さんともお会いすることができなくなることにさみしさを感じました。今まで導いてくださって、本当にありがとうございました。そしてともに学ばせていただいて、ありがとうございました。私はこの読書会に参加して、7年になります。その間私は熱心な勉強家ではありませんでした。しかし、真理というレンガが7年の間に私の心の中につみあげられ、私の生きる指針となっていきました。それは小さな土台ではありますけれども、本当に大切な土台であり、これからまた、少しずつレンガを積み重ねていきたいと思っています。
しかし、そんな中で私には、1つの課題がありました。それは祈りについてです。私は祈りが苦手でした。言葉で表現するのは難しいのですが、頭の中の祈りというか、知り合って間もない人との会話のようで、ストレートに祈ることができませんでした。でもそんなとき、あることがきっかけで私は神に自分自身をゆだねていないな、ということに気が付きました。気づかされたという感じだったかもしれません。「ああ、そうか。ゆだねていいんだ」というか、「ゆだねてよかったんだ」と思いました。それは私にとって大きな発見でした。そして、何か自分のいる世界が変わった感覚を持ちました。その時、信仰というのは水の流れのようにシンプルなんだなと感じました。流れの中に立ち、水の流れの音を聞く、水の力を感じる、水音は神様からの音信です。そして水の力は神様の業、また配慮でもあると思います。私はこの水の中に立ちながら、人間としての霊的でないいろいろな感情を持ち、いろいろな経験もすると思います。しかし、この水の流れの中に立ち続け、水の音を聞き、水の力を感じ、それを伝えていきたいと思っています。今、この世の中を見ると、本当に本来の姿である霊的存在というところからかけ離れている人たち(私もそうであったかもしれないし、今もそうである部分があるかもしれない)があまりにも多いということを感じます。その人たちに、この水の一滴を手渡せる、そんな存在になれたらいいなあと感じています。(70代女性)

今年4月の帰国の際に初めて名古屋読書会に参加させていただきました。 リモートではほぼ声だけですから、今も顔はもちろん名前すら怪しい状態です。
申し訳ありません。それでも、自分一人では挫けてしまいそうになることばかりの毎日の中で、月1回ですが一緒に真理の学習をする仲間に加えていただき、霊的意識を引きあげてもらっていた貴重な時間でした。
何かしらの問題を抱えながらも真理にしがみつき、それらと向き合いながら真理普及のために自らを律し、努力をしている人たちがいる。このことが私の励みになり、大きな力となっています。遠く離れてはいますが「シルバーバーチの霊訓を読んでもらいたい」「霊的成長の道を歩んでもらいたい」という気持ちは同じです。
来年からの課題は、NZは英国国教会の影響が大きいので国教会の歴史や教義について最低限の知識は入れておきたいと思います。それから、職場がスコットランド系長老派の一貫校なので、国教会同様最低限の知識は知っておきたいです。
また、英語で真理を語れる様にしたいと思います。霊的真理は奥が深いのでやりがいしかないです。
来年から名古屋読書会の形態が変わるので、今回でお別れになってしまう方もいらっしゃるかもしれません。短期間でしたがお世話になりましたありがとうございました。(50代男性)


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